ジーンズ or ジーパン?

info seekやgooには何処でリンクされているか、簡単に検索できるサービスがあって、そういうページを覗いては、嬉しいやら恥ずかしいやらなんですが、とりあえず、リンク紹介して下さっているページマスターの方々、改めてありがとうございます。
なぜ急にこんな書き出しかというと、実はその中の紹介に「ジーンズとジーパンの違いを知ってる?・・そんな疑問も・・・」という感じの文を2サイトも発見したのでありますが、すみませんがジーンズとジーパンの違いを載せた事は無い(笑)。たぶんトラウザーとジーンズのところで勘違いされたのかな。

でも、せっかくそんな紹介の中身で期待を持って見に来てくれている方を、ガッカリさせてはと思い、なんとゆーか、‘誤’紹介に合わせて記事を書くという本末転倒な事ですがジーンズとジーパン・・・面白いテーマかもしれない。

結論からいくとジーンズとジーパン、物に違いは無いでしょう!?
サテンジーンズもコーデュロイジーンズもジーパンと言いますから、あえて違いを言えば年代による呼称の差?
しかし考えてみるとこの年代も限りなくオーバーラップしていて、べつに今ジーパンと言ってもぜんぜん平気じゃないでしょうか。

けっこう知ってる人は多いと思いますが、ジーパン(Gパン)は上野アメ横の某官給品、輸入品専門店が大挙駐留していたGI(アメリカ兵)の穿いていたパンツということから、Gパンとネーミングしたらしいですね。又は「官給パンツ」ということかもしれないが、どちらにしろ、このネーミングはバカ当たりしたんでしょう。日本中を席巻したわけですね、ジーパン。

ジン・パン

ところで、ジーンズはかつて日本では「ジン・パン」とか「ジン・パンツ」とも呼ばれていたようです。

以下は平凡社刊行の「失われた言葉辞典」(1987年発行)による文学作品にみるジーンズの行・・・。

缶入りのビールとコカコーラはすでにハイミナールが買って、大きな紙袋に入れて持ち、キー子はジン・パンの尻ポケットにトランジスター・ラジオを入れていた。

『月』三島由紀夫


紺のヂン・パンツの裾を折りあげて、雨靴をはき、上は青いセーターというなりであった。

『落花』石川 淳

『落花』は昭和30年の出版、『月』は昭和37年が初版ですがT尻ポケットUというのも味があります。どうやら戦後から昭和30年代後半あたりまでの日本では、トレンドな呼び名としてジン・パンが認知されていたようです。おそらく米語のJeansが訛った和製英語のようですが、面白いのは数年前に韓国へ行ったらジーンズはまさに「ジン・パンツ」("ジン"とズボンという意味の組み合わせ)と呼ばれていたのでありました。なんと昭和30年の和製英語がそのまま現代の韓国に生きていたのです。

それから後の昭和40年に映画"若大将シリーズ"の傑作「エレキの若大将」が公開されます。加山雄三扮する田沼雄一 が大学を停学になり、誘われるままに参加するのが、バンド『ブルージーンズ』 つまり米語そのままの言い方も1965年ころにはすでにあったようですが、このブルージーンズという実在のバンド(今も健在)、注目されるのは常にリーダーでエレキギターの神様、寺内タケシのみで、いったいなにがどうしてブルージーンズなのかよく解らない。もしこの映画のヒットに合わせてジーンズメーカーがタイアップ商法でもやっていれば、一気に“ジーンズ”が一般化した可能性もあるが、1965年といえば、やっと国産ジーンズが作られはじめたばかりのころでありますね。


ジーパン刑事登場

七曲署の新米刑事「ジーパン」の登場は1973(昭和48)ブルーデニムのシャツとジーンズで登場した新人刑事にゴリさん(竜 雷太)は「ジーパン」と名付ける。新米刑事の世話役という役回りが多かった中堅どころのゴリさんがジーパンというニックネームをあっさり付けるというのはごく自然な設定です。世に言うジーパン刑事(松田優作)の誕生は、それまでの潜在的なジーパン認知を決定づけたんじゃないでしょうか。
今回の新発見ですが、ジーパン刑事には裏話があって、松田優作は新米刑事に決ったものの身長は185cm。衣装に困って上野アメ横で輸入物外人サイズのデニム上下をスタッフが買ってきて着せた事からTジーパンUに・・・。つまりまさに“筋金入り、お墨付き”のTジーパンUだったのであります。

業界の結束

ジーンズメーカーのカタログにジーパンの文字は一切無い。実はメーカー団体で「ジーパンという呼称は使わず、ジーンズで統一していく」という申し合わせが過去にあったのは事実のようで、筆者はどこかでそれを聞いたか読んだ記憶があるのですが、残念ながらその申し合わせがいつだったのかは思い出せない。きっと、不良とか安保闘争学生のようなイメージを払拭したかったのか?・・・しかし状況から見て'70年代の初期のころと考えると、先のジーパン刑事の登場は、まさに「ジーパン」と名付けた竜 雷太世代からの挑戦状みたいなものでしょう。

話は逆転しますが、アメリカ本国でも、似たような業界ぐるみの結束があったようで、1950年くらいまで一般的だったダンガリーという言い方を、労働着のイメージを払拭するためにJeansに改めたという経緯があって、こちらはどうやらすんなり?移行できたということでしょうか、現状を見れば・・。

ジーパンは死んでない

日本ジーンズ業界のそんな結束が功を奏して世界でも通じるジーンズというコトバを手に入れるに至った僕らですが、ドラマで突如刺されて「なんじゃ、こりゃあああ!」と死んだジーパンはどうでしょう?・・・けっこうしたたかに生きてるじゃないですか。それどころか二十歳くらいの人でも使っているTジーパンU・・思うにトレパン、短パン、綿パンと、穿く物にはパンを使うのが日本人にはしっくりくるのかもしれない。
それからGジャンだけは、さすがに代わるコトバが見つからなかったらしく、ジャケットと書くメーカーもあれば、ジージャンと書いているカタログもありますね。

筆者自身は以前の仕事がら、ジーンズと言う事が多いんですが、時々そう言っている自分のバタ臭さが多少いやになる事があるのは事実。このページもジーンズでなるべく統一してますが、根はジーパン派かもしれない。まあ、別にTンズUでもTパンUでもどっちでもいいと思ってます。
それから無意識に使い分けてるもんです。ジーンズショップ、ジーパン屋・・・。

もうひとつ、コトバは生き物ですから、この先どう変わるか解らないというのもあります。もしかしたらダンガリーに逆戻りする可能性もあるし、業界チックな5ポケットという言い方も可能性は無きにしもあらず。

謎は残って・・。

今回、以前に聞いたり読んだりした記憶と、Webでの検索を元に自分なりにまとめてはみたが、結局、上野のGパン商法がいつ始まって、それがT竜 雷太世代Uのジーパン認知へどう繋がったのか解らなかった。竜 雷太世代とはすなわち'60年代であり、その年代のカジュアルとは紛れもなくアイビー。アイビーはトラウザー&ジャケットが基本なので、ジーンズは脇役、もしくは全く必要のないアイテムなのであります。

そんなこんなで、私の興味はまたひとつ増えてしまった。
何か、新たな発見があったら、続編があるかも・・・。


余談・・・TTシャツUなんか、世界を席巻してる現状を見れば、日本人のネーミングは捨てたもんじゃないですよ。どうでもいいことですが、○○ジャパンは自社のTシャツを頑なにホワイトウエアと表記していたが最近のカタログではTシャツになっていた。


↓のページにはジーパン松田優作の若きころの画像などがあって、面白いです。参考にさせていただきました。

http://club.infopepper.or.jp/%7Echokun/Taiyo-ni/topics/file053.htm